2013年7月3日水曜日

村上春樹の熱き思いにみる、「反原発」への志し

いま話題になっているブログ記事「日本人が知らない村上春樹の熱い思い」(オルタナ)を読んだ。


読んでいただければ、内容は理解できると思うが、簡単に概略を説明すると・・・


作家の村川春樹氏が2011年、オーストラリア人のジャンーリストに、原発事故を語った日本未公開のインタビューだ(ジャーナリスト・桐島瞬、翻訳・岩澤里美)。


原発事故に対して、そして現在の日本の状況について、その一言ひとことが秀逸で、感動的であるため、ここでも取り上げたい。



――「日本は3.11以降、岐路に立っています」と村上春樹は述べ始めた。いや、社会の中の大きな変化は彼にも見えない。「ほとんどの芸術家や知識人、そして国民の大部分が望むように、私も変化を望んでいます。でもこの考えを取り入れる政治家はいません。私にはそれが理解できません」(Reportage Japanから引用)



――「東京電力の社長とか何人か、本当に刑務所へ行くべきだと思う。何より日本の検察庁が刑事告発しないのです。これはすごく変なことだと僕は思います。誰も責任をとることをしないのです。これは、すごく間違ったことと僕は思います」

村上氏によると、日本には大きな問題が3つあるという。


――誰も責任を取らないこと、日本に国民投票がないこと、緑の党がないことだ。(中略)市民運動が働きかけているように、国民が国家レベルで直接投票する選択肢が日本にあれば、大多数が原発に反対だと表明するだろうと村上は確信している。「でも、私たちにはそれがないため、人々は意思表示ができないのです。彼らには現在の政治家たちと戦う力がありません」(Reportage Japanから引用、注:緑の党は2012年7月に結成)




――原子力の撤廃は可能だと彼は確信する。日本がテクノロジーの面で、代替エネルギーに振替えられるからというだけではない。日本人の独特の「国民的な気質」にもよる。「一旦、国家目標が決められれば、全員がそれを達成するよう努力します。一旦、何かが決定されれば、全員そろってそれに従います。もし原子力の撤廃が決まれば、全員が絶対に努力してその実現に協力し、自分たちの電力消費も喜んで減らすでしょう。けれども、いまはそんなふうに目的を決定する人が誰もいないのです」(Reportage Japanから引用)




村上氏が早稲田大学で過ごした時代は、全共闘の真っ只中だった。多くの全共闘世代と同じく、当時が原風景として残っているという。




――「私たちは18歳、19歳、あるいは20歳で、非常に理想主義的でした。私も世界が段々とよくなるだろうと、私たちはそう、それに向かって頑張っていたわけですが、そう信じていました。当時は非常にナイーブでした。そして多くのことが起き、私はもう信じなくなったのです。でも、この理想主義は感傷的な思い出として残っています。いまのほとんどの若者は、そんな理想主義をもう持っていないと思います。少なくとも、大規模な運動はありません。私の世代はこの理想主義がかつて存在したことを重視しています。それ以降、すでに40年が経過しましたが、そのような時がまた来ないのだろうかと自問します。それが成功するかどうか? 分かりません」(Reportage Japanから引用)


村上春樹の言葉はまったく、いまの私たちの気持ちを表してるではないか・・・、もし、そうでないのならば、私は一人でも、彼を支持する。

2 件のコメント:

  1. ツイッターでフオロ^いただきありがとうございます。(子どもたちを放射能から守る会)

    ブログも読ませていただきます。

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  2. この当たり前のことができない日本
    原発はいらないし、必要もない
    危機意識を先導して
    戦争法案はいらない
    伴う
    徒弟秘密保護法案も
    いらない

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