2013年7月2日火曜日

本当に変革しなきゃいけないのは、「官僚体質」

元官僚だった高橋洋一氏のコラムを読んで、思いを新たにした。


コラムは現代ビズネスに氏が執筆中の「ニュースの深層」だ。


高橋氏は、原子力規制委員会の田中委員長の陣容増員発言にからみ、原子力規制庁の官僚が横槍をいれ、話をつぶしてしまった例を挙げ、いまだに官僚が旧態依然のままであることに警鐘をならした。


これと同様に、自己利権をいつまでも守り抜こうとしている官僚体質が、実は、第一次安倍内閣の時代から、もっというならば、今までに作り上げれられた状態のまま変わっていないことを強調した。


このコラムを読んで、はたと思い出した。


いま私も含め、ニュースの批判の矛先は政治家に向けられることが多いが(もちろん彼らにも多いに責任はある)、忘れてならないのは、実は戦前続く、日本の官僚機構の問題だ。


それが、日本のすべての諸悪の根源といっても過言ではない。


思い出してほしい。民主党が自民党に変わって、政権をとった、一番の理由もそこにあったことを。


皮肉な意味で、日本の官僚はほんとうにすごい。そして、てごわい。


東日本大震災が起き、福島原発で事故が起きた。


その後の復興事業の遅延、原発事故収拾の手際の悪さは、その多くの責任をもつ官僚たちは、知らないうちに、当時の民主党の政治家にすべての責任を押し付けた。


そして、今度は自民党に舵取りを任せているようにみせながら、たくみに裏で、政権を操る。


原発ゼロへの方針を撤回させ、原発再稼動への道をまっしぐらにすすめ、除染も復興もできないまま、15万人もの被災者をおいてけぼりにしている。


官僚たちは、復興庁の職員でさえ、現地に赴くことすらせずに、東京に中心にいすわり、自分たちのためにだけ、予算の獲得に走り回る。


おまけに、その復興予算ですら、復興とはまったく関係のない、自治体なの予算に使われる始末だ。世も末とはこのことだ。


明治政府が築き上げた、官僚機構は確かに、列強が凌ぎ合う時代には、役に立ってかもしれない。しかし、それも、すでに第二次大戦の敗戦が示すように、その存在意義は完全に終わってしまった(旧日本軍自体が官僚組織のその最たる例)。


生き残った官僚たちの策略で、占領軍は、戦後も官僚組織を戦前の体質を残す形で温存することを認めてしまった。


戦後復興や、朝鮮戦争、そして高度成長の波に乗り、官僚組織はいかんなく、その力を発揮し、日本支配の中枢に見事、復活した。


しかし、民主主義が成熟するとともに、しだいにその官僚支配にほころびが見え始める。


旧ソ連の末期が日本の将来を物語る。





あのとき、福島原発事故と同様に、チェルノブイリ事故が寸前に起こっていた。原発事故の収拾で国力が弱まる中、日本よりもはるかに、強力に政権中枢を支配していた官僚組織が音を立て始める・・・・そして、ソ連は崩壊したのだ。


国民全体に奉仕者であるはず官僚たちが、いつのまにか、それ自体が、階級のひとつとなり、権力をもち、国民を支配し、腐敗をつづけた。


まるで、今の日本と同じだ。国民からの信頼を失い、自己利権に走る硬直化してしまった組織に、もう明日はない。


ただ、私たち日本人は、それほど愚かではないはずだ。国民はこのバカな官僚たちと心中するつもりなど毛頭ない。


これから、近いうちにまた、大きな災害が相次ぐはずだ。この先、数十年はまさに国難の時代が続く。そのとき、私たちは、何を信じ、何を選ぶか、しっかり、考え、意志表示する勇気が必要になる。トルコや、エジプトや、ブラジルのように。


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