2013年4月9日火曜日

ベテラン記者の行く末・・・

最近、私の回りの50代前後のベテラン記者が、新聞社や放送局を去るケースが増えている。

偶然もあるとは思うが、何人かに、共通点があることに気付いた。

50代前後とえば、一兵卒の地回りの記者からはとうの昔に卒業、キャップやデスクすら担当を終え、ライン部長か、編集員や論説委員、解説委員などといった、社を代表する役職に就く年代だ。そうしたベテラン勢にいったい何が起きているのか?

ある一人は、都会での記者生活をやめ、信州の居を構え、今後は農業を営むという。激務の記者生活で、精神的に疲れ果てた気持ちは私も痛いほど理解できる。

またある一人は、毎日続く、泊まり、明けのルーティンに嫌気をさし、”社畜”の生活を卒業したいと、語った。

いずれも忙しい記者生活から、静かな生活を送りたいというのがその理由らしい。

記者を目指したモノの思いは、若いころはもちろん、「社会正義」などといった、青臭い思いから始まったものも多い。

それが年をとるにつけて、一般の会社員の方と同じく、社会にもまれ、すこしづつそうした思いから遠ざかっていったことも、否定はできない。

ただ、詳しい胸の内は聞けてはいないが、2年前の東日本大震災がひとつの転機になっていると私は想像している。

抗しがたい自然災害を前に、自分たちの力のなさを見せ付けられた無力感。あのとき記者全員が感じた正直な気持ちだろう。

しかし、それだけではないはずだ。時期が悪くして、日本経済が不調となり、新聞社も放送局も営業利益がでないことに苦しむ中、震災が起こった。

私もその一人だが、原発報道をめぐり、スポンサーからの営業圧力が増した時期でもあった。言論の自由を守ると建前と、社を倒産させずに食いつないでいく、ハザマに立たさえれた記者も多かった。

震災でフラッシュバックした「若い記者のころの思い」。

退社の決意はそんな”記者魂”の最後の抵抗だったのかもしれない。

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