2013年4月5日金曜日

テレビ報道の現状

昨日はテレビのSIUのことを書いたが、今日は少し、現場のことを書きたいと思う。

最近読んだ記事で面白いと思ったものがあった。

「米国メディア:ニュースがないのは悪い知らせ」(英エコノミスト誌 2013年3月30日号)だ。

かいつまむと、人員不足で独自報道が減り続け、視聴率を獲得するのに米国のテレビは四苦八苦しているというお話だ。

さらに興味をそそられることに、記事では新聞でも同じ傾向があり、記者が減っているため、紙面をうめるのに、シンクタンクが提供するコンテンツを特集に組むことが多くなっているという。

また、信じられないことだが、1980年代にはPRスタッフと記者数がほぼ同等だったものが、2008年にはおよそ4対1になったという(PRスタッフが増えた!)。

これでは面白い興味あるニュースは発掘することはできるはずはない。

その背景には、もちろんヤフーやグーグルなどのデジタル広告にお金が流れ込んだことが挙げられるが、視聴者や読者のニュースに対する嗜好の違いがでてきていることも指摘している。


地方テレビ局のニュース放送の4割は、天気、交通、スポーツが占めている。1つの話題に割かれる平均時間は短くなる一方だ。地方テレビ局では、1分以上かけるニュースは全体の2割程度で、半分は30秒に満たない。 ケーブルテレビのニュース専門局では、過去5年間で、日中の番組でカメラマンやリポーターが実際に現地に出向かなければならない中継番組が3割減少した。安上がりなインタビュー枠が増えている。 米国人がテレビ解説者を好むのは、事実よりも意見を聞きたがる傾向が強くなっているからかもしれない。


つまり調査報道といった、隠された事実の暴露よりは、動いているニュースをどうとらえればよいか、専門家によるコメントがほしいというわけだ。

この傾向は日本のテレビと比較すると、さらに度合いを増しているように思うし、解説はさらに稚拙になる。いわずもがなだが、多くの視聴者思う「なんで、タレントやお笑い芸人がニュースのコメントするの?」だ。

メディアのデジタル化で、情報は確かに無料で簡単に入手できるようになったが、ニュースの現場を知るものとして多くの疑問を抱かざる得ない状況となっている。

米国ではこうした動きに対して、記者自身が、動きを見せている。テレビしろ、新聞にしろ、コマーシャルな世界に身を置くことをあきらめ、寄付により資金などで、取材を続けることを試みている。

日本のメディアの中で、とくに3・11以降、私が感じることは、報道よりもバラエティ番組などを重視する流れが速まっていることだ。人件費がかかるうえ、裁判などのリスクを抱えることが多い報道よりも、手間隙かからず、タレントを並べるだけでつくれる番組の方がリーゾナブルというわけだ。

この春のラジオやテレビの番組の改編をぜひみてほしい。
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