2013年4月17日水曜日

「就活自殺」・・・変化の胎動

お恥ずかしながら、こんな言葉があることを知らなかった。内容については、十分想像がつくので、理解できるのだが、ひとつの名詞として、新聞紙上に載るほどのものになっているとは思わなかった。


「就活自殺」とは、就職活動(就活)がうまくいかず、精神的に追い詰められて自殺に追い込まれることだ。言葉が一般化しているように、その数は明らかに増加している。


一般的に、この問題を扱うコラムでは、「やれ、若者の精神が貧弱」だの、「全員が一流企業の正社員になれるとの思い込みが強い」だのと、若者サイドの要因を挙げることが多い。


しかし、企業側に本当に落ち度はないのか?確かに、社会の荒波を生き抜いていくには、就職ごときで自殺するのでは、情けないかぎりだが、「日本の空気」の研究家の一人として、企業の体質というのは、その空気の象徴を表す端的な例だといえる。


たとえば、先日、安倍首相は、経団連などのトップに対して、大学生の就職活動の解禁時期を4年生の春まで遅らせるよう正式に要請したという。その心は、学生にもっと、勉学に励んでもうらいたいからだそうだ。


企業側は多少の難色を示しながらも、「首相のおっしゃることならば」と、おそらくそうした流れになるだろうが、果たして実際はどうか?


日本には「本音と建前」というすばらしい?伝統が受け継がれている。春の解禁以前に、ひそかに内定がだされるのがオチで、学生の負担がさらに増すことになるだろう。


日本の社会はすべて、こうだ。国や企業、それを支配する年のいった大人に、若い学生はいつも、翻弄される。


私からすれば「もうええやんか?いつまでもこの社会にしばられることない。それだけが人生ちゃうで」と大阪弁でいいたくなる。


私の経験をいわせてもらえば、私も一応は4年生の大学を卒業したものの、在学中の遊びすぎがたたり、就活は全滅。卒業後、中央市場など仕事を転々とした後、新聞社の仕事にありつき、現在まで、なんとか、食いつないでいる。


なによりも、ジャーナリストになってから、海外、特に東南アジアを回るようになり、日本の社会の異様性を感じるようになった。この「就活自殺」のこともしかり、日本は住むのにほんとうに息苦しい。


確かに、海外では、日本ほど、お金のない人たちも多いが、みんな元気だ。なによりも、仕事に就けないくらいでは、絶対に死なない。


食べるものがないうえ、軍やテロから銃口を向けられる生活を強いられる人も少なくない。


なによりも、若い学生の方に同情を寄せるのは、日本の大人たちの空気だ。「大学に入り、大企業に入るのは当たり前」「友達の・・・君も就職できたのだからあなたも当然できるよね」などなど。若者を取り巻く目はすべて陰湿だ。


もうそこから、一歩踏み出さしてもいい時期ではないか?

たとえ就職できたとしても、次はなにがある?次は企業が、あなたを「大人色」に染めようと躍起になるだけだ。挨拶の仕方、笑顔の作り方、言葉の使い方などなど。


こうして若者は家族、企業、国とがんじがらめにしばられた、重い足かせをつけられることになる。


<3・11>以降、明らかに変化が胎動している。早く気付いてくれ。

0 件のコメント:

コメントを投稿