2013年3月11日月曜日

震災の日~大阪から思うこと

 あの日から、2年が経った。大阪の街はなにもなかったかのように、平穏に生活が営まれている。

 阪神大震災のときもおなじだった。しかし、明らかに当時とは違うと思う。

 「震災」という同じことばで、一括りして、多くのマスコミは、1年、2年・・・と時間の経過を示すメモリアルなものとして報道しているが、はたして本当にそうだろうか?

 日常生活の忙しさに忙殺されて他人の事まで考えてられないという気持ちも理解できないわけではないが、東北で起きた震災は、単なる地震による被害ではない。地震と津波、そして原発による複合災害であるうえ、避難している被災者の中には、永久に故郷に帰れない人もいるのだ。

 原発近くの土地は、人がもう二度と踏み込んではいけない、開かずの間ならず「開かずの地」となる。

 これは福島の人たちだけの問題なのだろうか?いま、国を挙げて、尖閣でとやかくいっているが、私たち日本人自身が自ら、自分たちの土地を「廃棄」してしまったことと同じではないのだろうか?

 それだけではない。原発の廃炉、核廃棄物の処理と、ほとんど先の見えない対応に日本人全体が、思い十字架を背負わされていることに気付いていないのだろうか?

 アベノミクスと浮かれている場合ではない。<3・11>で、時代は変わってしまった。そのことに私たちはあの日、気がついたはずだ。

 もう同じ、道を歩みことはできないのだ。本当の新たな決意をしなければ、私たちはゴルゴタの丘を登ることこなる。

 
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